問答「絶滅危惧種(昭和ヒトケタ)からの片言隻語」
いよいよ拙ブログも、この200回を以ちまして一旦終止符を打ちます。そこで今回は趣向を変えまして、これまでの発信ブログの中から、筆者が後進に伝えたいと察知されるテーマ10問を”後輩シニア”に挙げて貰い、”絶滅危惧種(昭和ヒトケタ)”が答える「問答形式」にしました。

<第1問>「『自律シニアなんでも相談』と銘打って4年間ブログアップして来たのは、何か深い意味があったのかなあー?」
【1答】「これは私の造語のつもりだが、汎用的にも使われていると思っていた。”自律シニア”で検索すると、真っ先に私のブログが出て来るので、これは確たる市民権は得ていないと思っていた。『自律』は外からの支配を受けず自分の行動は自身が決める規範で出来ることだから、こうしたシニアさんがお相手ならいいなと考えたからよ。余り枝葉末節の相談にはしたくなかったのが本音」。
<第2問>「人間の寿命に平均寿命と健康寿命があり、健康寿命の方へ意識改革を促したのはよかったと思うね。」
【2答】「日本はこれまで長寿大国と称し、平均寿命での世界一に喜々としてきたが、近年健康寿命の評価が再認識されてきた。この平均寿命と健康寿命の差は男性7年、女性8年あり、この7or8年は誰かの世話にならないと自立した生活ができないのだから、これを長寿国とは言えないだろう。延命第一主義を戒めたい。私は終末医療も延命措置もお断りだよ。」
<第3問>「日頃からの持論だった『食料の自給率アップ』はブログに載らなっかったと思うが?」
【3答】「自分では書いていたつもりだが抜けていたか?これは戦中・戦後食料不足を味わった者として、なんとしても書くべきだった。現在日本の食料自給率はこれまでの40%を割り39%になった。近い将来、異常気象・地球の人口増による大飢饉・食糧難時代は必至であり、TPPなどキレイごとだけを言っている場合ではない。速やかに先ず50%、過半数のレベルを確保しなければ駄目だ。今後の輸出入交渉でも、過半数以上のベースを持っていないと足許を見られるのがオチだよ。」
<第4問>「『心豊かな社会の実現』を希求することに熱意を感じられたが?」
【4答】「近年、心豊かなシニアライフを営むことが、自分の信条になってきたが、これは若い人の調査で”今の日本を豊かと感じるか?”の問いに、物質的には豊かだが、心(精神的)は貧しいとの答えが3/4もあった。やはり生活の中には「ゆとり」が必要。心豊かな社会実現には”ゆとり社会”のベースの上に存立するものだろう。」
<第5問>「『地方創生』関連2法案が衆院通過に批判的なコメントがあったが?」
【答5】「知事会長の山田京都府知事が言っているように、”現場の状況は異なっているのに、国の評価が一律の物差しになっていては、現場の知恵は生きない”がポイントだ。地域の実情に応じた柔軟な対応がなにより重要だろう。この種の事業は現場の知恵が優先される。」
<第6問>「日本の農業について『農協改革』を訴えていたが?」
【6答】「安倍政権が遅まきながら農協改革に乗り出し、全中(全国農業協同組合中央会)の権限を減殺したのは評価したい。個人的に極言すれば、今や農協は農民のためでなく、信連経由で農林中金に預金を上納する一金融機関と化していると言っていいと思う。」
<第7問>「『格差社会からの脱皮』を訴えていたが手応えはどうだった?」
【7答】「小泉改革の市場原理主義のシワ寄せが格差社会の進行をもたらしたという説には、一理あると肯定的に視ているが、以前の1億総中流の時代は過ぎ去り、ある者とない者の2極化方向に進みつつある。山田昌弘中央大学教授著の”希望格差社会”では勝ち組と負け組に2分化され、負け組の絶望感が日本を引き裂くと謂う。これは”将来への希望”から”希望”という字が消えることを意味する。また政府としては初めて低所得者の比率を示す”貧困率”で、日本は'07年15.7%と発表した。これは平均所得の50%未満の所得者の比率である。この数字から言えば、日本は米国同様立派な貧困国の部類に入るよ。」
<第8問>「安倍政権の『集団的自衛権の行使容認』には辛口の意見だったが?」
【8答】「集団的自衛権は個別的自衛権の範囲を同盟国や友好国にまで拡げたもので、国連憲章でも”国家固有の権利”として認められている。しかし戦争放棄を謳った現憲法下で”解釈”だけで『集団的自衛権行使容認』をするのは無理があると思うな。軍備も抑止力を誇示するだけで、十分防衛効果はあるものだよ。個人の話で恐縮だが空手道の黒帯というだけで、これまで一度も喧嘩を売られたことはなかったよ。これは参考にはならんか?、
<第9問>「『1票の格差』については'11年、'12年、'14年の選挙の度に採り上げ、相当怒っていたね。ゴマメノハギシリというところかしら?」
【9答】「去年の9月の衆院小選挙区の1票の格差は、0増5減など付け焼刃的な小手先の手段で、辛うじて選挙無効や違憲などの高裁判決は免れた。議会の動きも自分たちの議員定数削減となると無理もないが、問題解消への足取りは極めて遅い。この調子だと、これからの国政選挙の度に、弁護士グループの”1票の格差・選挙無効”の訴訟があり、高裁や最高裁がどう判断ずるか気に懸かることが続きそうでだね。このまま放置すれば、有権者は投票所に行かなくなるよ。」
<第10問>「このブログで『終活』という用語を視て、どうゆうことなのか興味を持ったね。」
【10答】「就活でない『終活』は目新しい用語で、2013年での識字率は27%だった。これは自分の残りの人生をよりよく生きるために、元気なうちに為すべきことを考える。例えば、エンディングノート、自分史、健康寿命伸長、家族への伝言、終の棲家、持ち物整理(断捨離)等々限りなくありそう。私も目下取り組み中だが、簡単なようで最も大変なのが”断捨離”で、書類、書籍、衣類、小道具など、捨てても捨てても減らないもの。早くから取り組むことをお薦めしたいな。
【ブログ「自律シニア なんでも相談」は2015年3月31日を以って閉講いたします】
どうも皆様方には4年の長きに亘り、拙ブログを注目・アクセスしていただき有難うございました。これを以ちまして一旦このブログを閉じたいと思います。未だ、心身共に健全で健康寿命を更新中ですが、そろそろ身辺の雑事の”断捨離”も必要かと思うに至っての仕儀とお心得ください。
世の動きも流動的な折から、これからの皆様方のご健勝とご多幸を心より祈念しましてお別れとさせていただきます。心よりお礼申し上げます。
気掛りな将来の「電源構成(エネルギーミックス)」
拙ブログの最終版の[#200]号まであと一つ、ラスマエの[#199]では”どんなテーマを採り上げるか”いろいろ思考を巡らせましたが、やはり自分が今一番懸念しています「日本の将来のエネルギー問題」について書くことにしました。
資源の乏しいわが国にとってこれまで、電源(エネルギー)をいかに開発し確保するかは”国是”とも言うべき国を挙げての大方針だったことと思います。今日まで、この国家としての方針を実現に結び付けてきた政治家、実業家、経済人など先人たちの英知に深く敬意を表したいと思います。
さてわが国のエネルギー政策は今世紀に入って、なかなか難しい舵取りを要求され、国民一人一人も実感を以ってこの問題への関心も高まり、政府も国全体の総力を挙げてこの政策策定に取り組んできていると理解します。
日本のエネルギー基本計画は、下表が示しますように2003年の第1次計画から、2014年の第4次計画が策定され、2020年までの主要方針で現在進行形ということになりましょう。
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この第4次エネルギー基本計画では、経済産業省が原案から新たに修正を加え、第1に「原子力発電の安全性に対する事業者の責任を厳しく求める」、第2に「再生可能エネルギーの導入目標設定し、エネルギーミックスの検討対象にする」、第3に「2020年までを”集中改革実施期間”と位置づける」ことで整備されているようです。
振り返って、わが国のエネルギーミックスの1996年から2013年まで発電量と、CO2排出量の推移を下図に示しましたので参考にしてください。
この図から読み取れることは、発電に伴うCO2の排出量が電源別に大きく差異が出ていることです。確かに原子力発電が止まりその代替電源の化石燃料によろ発電が増えると、途端にCO2の排出量が増えることがこの曲線からよく分かります。しかし、原子力発電も2030年を廃炉のタイムリミットとすれば、もう一つのクリーンエネルギーである再生可能エネルギーが頼みの綱ということになります。
経済産業省はこの3月10日に、将来のエネルギーミックスを話し合う有識者会議で、2030年度の再生可能エネルギーは、約2割の導入が見込まれるとの試算を示しました。上図で示す2013年度の再生可能エネルギーは全体の約1割ですから、この16年間でもう1割増やすことを意味します。再生可能エネルギーの内訳も次に示すように種類が増え、かなり現実感は出て来ています。
<2030年度の再生可能エネルギーの導入見込み量>
【2013年⇒2030年 単位;億キロワット時】
太陽光92⇒700〜、風力49⇒100〜、地熱26⇒63〜98、水力800⇒825〜953 バイオマス37⇒286〜 合計1004(10.7%)⇒約2000(約2割)
以上の試算が出て、再生可能エネルギーもエネルギーミックスの一翼を担える部門になって、有識者の中には”2割と言わずもっと上積みを"という人もいるようですが、私などの立場から言えば、単なる数合わせに終わるのではなく、着実に一歩一歩実効を上げて行って、目標達成に繋げて行って欲しいと思います。
第5次のエネルギー基本計画は、3年後の2017年に策定されるようですが、第4次計画の主要方針である「集中改革実施」の実績が新たな施策にどう盛り込まれるか注視されるところになります。
私どもの年代は、戦中戦後エネルギー源の乏しい時代に育った者たちで、電力不足、燃料不足は食料不足を相俟って身につまされるみじめな思いをさせられました。次世代の人たちにこうしたみじめな思いをさせないよう、みんなで今から心して行かねばなりませんよ。
映画「KANO〜海の向こうの甲子園〜」
いよいよ拙ブログも余すところ残り3篇となりました。こうなりますとテーマ選びも頭を悩ます処ですが、たまたま次弟からTELがあって、いま評判の標記”台湾映画”の観賞へのリコメンドがあり、神奈川県下での上映は横浜と川崎の2館だけでしたが、みなとみらいに足を運び観て来ました。 私ども家族は戦後台湾からの引揚者で、台湾を第2の故郷位に考えている台湾ファンでして、これまでこのブログでも、'11.5.31「台湾旅行記」、'13.3.13「日台両国二つの美談」と2篇を採り上げアップしています。この映画は大日本帝国統治時代の台湾に実在した台南州立嘉義農林学校(現在国立嘉義大学)の略称「嘉農」(かのう・KANO)の野球部と日本人監督の苦闘に始まるサクセスストーリーで、感銘を受ける作品になっています。このため、今回のテーマ選びは3回目の「台湾もの」で往くことにした次第です。

【映画「KANO〜1931海の向こうの甲子園〜」とは】
日本統治時代の台湾に松山商業出身の近藤兵太郎が渡り、嘉義農林学校の弱小野球部監督に就任。部員らは甲子園出場を目指し厳しい練習に耐え抜き、1931年、甲子園で準優勝を果たした。その実話を描いた台湾映画。主演の近藤役は日本人俳優永瀬正敏が演じている。
映画は1929年(昭和4年)に遡り、台湾人特有ののんびりしたチームの「嘉農」野球部は当然連敗続きだったが、新任監督として迎えられた日本人の近藤兵太郎によるスパルタ式訓練により、部員たちの心に闘争心と甲子園出場への夢が芽生えていきます。近藤監督のエライところは、日本人のみを贔屓するのでなく、守備に長けた日本人、打撃に長けた漢人(台湾人)、韋駄天のような快足の高砂族(アミ族ほか)をバランスよく配した3種混合?チーム編成をしています。当時、台湾代表で甲子園(全国中等学校優勝野球大会)に出場する常連校は、台北一中(私の叔父は甲子園出場組)、台北商業でしたが、これらの学校は日本人ばかりでのチーム編成をしていました。嘉農は日本人を含む多種族の選手の寄り合い所帯ですが、日本統治下にあったため野球少年たちは日本語を話し、人種のバリアは無かったみたいですね。
嘉農のエースピッチャーは呉明捷(後年早稲田大学に進学、首位打者・通算ホームラン数タイの記録保持、社会人野球でも活躍)、映画では準主役で描かれています。甲子園初出場は1931年大会でしたが、初戦に対神奈川商工戦3-0、準々決勝対札幌商業戦19-7、準決勝小倉工業戦10-2、そして決勝戦は名門中の名門中京商業でした。中京の有名な吉田正男投手に完封され、呉明捷投手も指に負傷しながらの力投でした。結果は”準優勝”という偉業を成し遂げたのですから、嘉農の最後まで諦めない奮闘ぶりは日台それぞれの人々に強い印象を残し、スタンド全体の観客を最高に魅了し湧かせたものでした。ついでながらこの映画には、故呉明捷氏のご子息やお孫さんも出演しているとのことです。
この映画の特長ですが、ストーリーはこの甲子園の準々決勝で敗れた札幌商業の錠者投手(第3の主役)が負けた後、嘉農の戦いぶりに恩讐を超えて心酔していて、後年1944年に陸軍の錠者大尉として内地から台湾に赴任してきた際、嘉義駅の停車時間を利用し、嘉農の練習場へ向かい「あの時の自分を打ち込んだ彼らの強さの原点はなんだったのか?」を見つめ直し何かを感じ取り、持参のサインボールをマウンドのピッチャープレート横に埋めて来るシーンも見せ場の一つでした。物語の主体は、錠者(じょうしゃ)大尉の回想が根にあって、映画ではこれをエピローグに持ってきたのでしょう。
もう一つのオマケのシーンですが、台湾ではアジア最大の水利事業で嘉南大堰を完成させた有名な日本人技師八田与一(大沢たかお特別出演)が水が満ちた用水路を船で下って来たのを、聞きつけた嘉農の選手たちも練習の手を止めて駆けつけ、お互いに祝福し合うのもちょっと出来過ぎの感はありますが、映画ならではの名場面として創られていて、一応納得しています。
映画の解説調になりましたが、私が育った台湾の歴史の陰の中で、民族間の差別を超越し、目的に向かって密やかに活躍していた日本人の存在に、改めて敬意を表し拍手を送りたいとの強い思いを持ちます。
ストップ・ザ介護難民!
わが国の現状として高齢社会の進行に伴い、介護を必要とする高齢者が増え続けています。
来年度予算の最大の関心を呼んでいるのが「介護報酬」の見直しです。政府案は驚くなかれ、見直すと言いますから引き上げかと思いきや、4月から引き下げでその幅も2.27%とする方向で、最終調整に入ったようです。マイナス改定は2006年度(マイナス2.4%)以来9年ぶりのことで、厚生労働大臣と財務大臣の折衝で正式に決定するようです。狙いは介護保険の支出減少であり、「介護報酬」が介護保険サービスの公定価格である以上、これが下がれば、介護保険の支出が減り、原則サービス費用の1割の利用者負担も減るというメリットがあるということらしいです。
この政府サイドの思惑は、「介護報酬」は介護事業者の、企業でいう利益率に相当する「収支差率」であり、これが現在8%ほどあって中小企業レベルを2%ほど上回るので、介護報酬を下げても職員の待遇改善は可能という見方です。しかし政府にもダウンばかりでなく、”その代替配慮はありますよ”ということか、介護職員の給与については「月1万2千円アップできるように処遇改善加算を付けた」とアッピールしていますが、これも制約条件があって、対象は介護職員のみで、看護師、調理師、ケアマネ、送迎人などは加算の対象から外れるようです。
この予算配分は、果たして”介護崩壊”との巷の声に応えているのでしょうか?
年々増加する介護難民予備軍
「みんなの介護」から引用
本題の「介護難民」に話題を移しますが、介護難民とは高齢化社会下の日本で現実に起きている問題で、介護が必要な高齢者であるものの、家庭でも病院でも施設でも介護を受けることができない人のことを謂います。介護難民の数は年々増えていて、厚労省の発表では2012年には約550万人が存在し、2025年には約700万人にまでなると予測されています。介護難民を無くすためには、介護職を増加させることが先決策であるとされていますが、諸政策で一旦は多くの人材を集めても、介護職の離職率は高く介護施設は人材不足に悩まされているのが現状です。
特に特別養護老人ホーム(特養)は、65歳以上の心身の障害のため常時介護を必要とし、また在宅での介護が困難な高齢者を擁護するための施設であることはご存知の通りです。この特養への入居希望者が多いため新設ラッシュは近年進み、一見心強いところですが、これを運用していく介護職員が不足し、折角の建屋も空室のままで運営している所も多いと聞きます。この傾向は需要の多い都会ほど顕著で、特に東京は随所でこの事例が多いようです。福祉施設の幹部の「ハコをつくっても人がいなければ意味がない。職員の養成や待遇改善を後回しにしてきたツケだ」との言は傾聴に値します。
我々も近々介護施設にお世話になる予備軍ですが、この種の話を耳にしますと”さてどうしたものか?”と心が曇ります。最近政府が言い出した、地域包括ケアシステムを通じての「在宅」や「予防」介護の策に乗るか?も一案ですが、なんとしても喫緊の政策は介護職要員の養成であり確保ですから、この問題解決に行政も福祉関係者も、待遇改善、福祉の3K職場イメージ払拭等々真剣に考えてください。
わが国が有史以来、初めて「介護難民」という新語を捻出したことは、グローバルでも歴史的にも恥ずべきことと心得るべきです。
認知症国家戦略「オレンジプラン」
かれこれ20年前、われわれが現役をリタイアしてシニアと呼ばれた頃、呆けてきた年配者を”ボケ老人”と呼び、当時私どもが設立しました地域のシニアクラブの設立趣旨の中にも、「終生ボケることなく誇りある人生を全うしよう」が第一のモットーでしたから、ボケることへの忌避感は当時から相当強かったと思いますね。
この一種の差別用語である”ボケ老人”と呼ばれる人たちの症状に対して、さしたる病名や病態について正式な名称はありませんでした。一般には”老人性痴呆”が病名として通用していたように思いますが、ちょっと知ったかぶりで、”アルツハイマー”なる用語もボケの代名詞としてよく使われていました。しかし日本社会も年々増加して行くこの厄介な病気に病名が判然としないのは問題ということで、政府のお声がかりのもと、統一する方向で決めたのが「認知症」でした。起因する脳梗塞などの脳血管系病気と、アルツハイマー病を包含し総称したものでした。「認知症」と命名されてもう10年位になりましょうか?今や立派な市民権?を得て、高齢社会下ではびこり出した厄介な病気です。
政府が策定する「認知症国家戦略」の全容が、この度明らかになりました。2025年には65歳以上の約700万人が認知症になるとの新たな推計を示しています。
厚生労働省が国家戦略案で示した推計に依りますと、65歳以上の認知症の人は2012年時点で452万人で、凡そ7人に1人でしたが、これが団塊の世代が75歳以上になる25年には、5人に1人の割合になると言っています。
国家戦略案は若年認知症施策の強化など7つの柱を掲げています。
1、認知症の人への理解を深めるため、全国的なキャンペーンを実施。
2、認知症の人が自らの言葉で語る姿を発信する。
3、学校現場でも高齢者への理解を深める教育をすすめる。
4、認知症施策づくりや政策評価に、認知症の人やその家族が関わることも推進する。
5、厚労省の認知症対策5カ年計画「オレンジプラン」で持ち込んでいたプランを引き上げる。
6、認知症について学び、理解を深める「認知症サポーター」を確保する。
7、14年9月末時点で545万人いる「認知症サポーター」を、17年度末の目標数を600万人から800万人に上積みする。
◇オレンジプランとは
2012年9月に厚労省が発表した「認知症5カ年計画」の通称。2013年度から2017年度までの5年計画であり、現在進行形です。名前の由来は、「認知症サポーター」が付けている オレンジリングから来ている。
オレンジリング
◇認知症サポーターとは
「認知症サポーター養成講座」を受講した人。特に認知症サポーターに何かを特別やって貰うものではなく、認知症を正しく理解して貰い、認知症の人や家族を温かく見守る応援者になって貰う。その上で自分のできる範囲で活動できればよい。例えば、友人や家族にその知識を伝える、認知症になった人や家族の気持ちを理解するよう努める。隣人或いは商店・交通機関等、町で働く人として、出来る範囲で手助けする、など活動内容は人それぞれでよい。なお、認知症サポーターには認知症を支援する「目印」として、ブレスレット(オレンジリング)を付けて貰い、この「オレンジリング」が連携の「印」になるような町を目指す。
認知症対策に、以上のように国を挙げて取り組もうとする姿勢には、少なからず敬意を表する者ですが、是非効果の出るものに発展していくことを期待しています。私も個人的に、軽度の認知症の人と面接・相談した数少ない経験がありますが、その場その場で頷き肯定してくれて理解したようであっても、伝えたことが全然記憶に残っていないという結果に終わった経験があり、いろいろケースバイケースの対応が必要と感じています。
私も認知症の予備軍ですが、サポーターへの応募者が目標に到達しますよう祈念しています。
自薦「20世紀10大発明」あれこれ
過去100年間、世界で発祥したイノベーション(技術革新)は、地球上の人類はもとより生物界においても多大な恩恵をもたらしています。新しい発祥のイノベーションの事例は、新たに考え出した物事ということで、一般には発明・発見ということで社会的に知らされ認知されています。
これまで20世紀以前、15〜16世紀にかけてのルネサンス時代の3大発明として、1.火薬、2.活版印刷、3.羅針盤などが、”文芸復興”の副産物として有名ですが、18世紀に英国を中心に広がった産業革命では蒸気機関が発明され、紡績業が発達し力織機を産み、19世紀には自動車が出現します。こうした発明事例を現代人が知るだけで、昔の人たちにも優れた智恵者が居たものだと思い知らされ感心します。

いよいよ本題の20世紀ですが、これまでの基礎知識の積層から洗練された応用技術が確立し、数多くの発明事例が生まれています。なんと言っても、産業分野も広がりを見せ、発明の分野分野ごとの価値基準や利便性の違いがあって、発明順位の評価に差異があることは否めないところです。100年間の発明事例から10事例を選ぶことは至難の業ですが、これまで各方面で”20世紀10大発明”は誰が選んだかは分かりませんが、ネットなどを通して散見されています。
私も個人的に、この種のランキング格付は嫌いではないので、不遜な振舞と言われるのを承知で、自薦「20世紀10大発明」とそのランキングを書いてみました。評価基準は”人類に恩恵をもたらした””社会の利便性に役立つ”の2点です。それから、単独でも有力ベストテン候補の立派な発明でも、同種分野の同類項は便宜上一つにまとめて合成させて貰い、1件として扱わさせていただき、カッコ書きで事由を付記しました。
自薦「20世紀10大発明」
<1>コンピューター(パソコン、マイコン含む)
<2>原子エネルギー(核分裂・核融合エネルギ―を利用した兵器、発電、機関など)
<3>インターネット(ブラウザーソフトの存在)
<4>化学肥料(地球上の60億人を養う糧)
<5>抗生物質(医薬のほか農薬などにも)
<6>集積回路(トランジスター、半導体、ダイオードなどは単独でも10大発明候補を包含)
<7>飛行機(内燃機関、ジェットエンジンの利用) 【註】蒸気機関は外燃機関
<8>宇宙ロケット(人工衛星、人口天体含む)
<9>テレビジョン(八木アンテナ、ラジオ含む)
<10>光ファイバー通信(光通信、医学用内視鏡に利用)
<次点>MRI(核磁気共鳴画像法)・CT(コンピューター断層撮影法)
以上を挙げてみましたが、飽くまで私個人の主観(極力客観性を目指しましたが)に基づくものですから、これを読まれた方々の考えと異なるのは当然です。それでも半分以上が同意見なら、自分としては及第ということにします。
サッカー日本代表も世代交代を
サッカー・アジア杯は1月31日に、前回準優勝の開催国オーストラリアが韓国を2-1で破り、初優勝を果たして幕を閉じました。優勝候補のわが日本は、なんとベスト4にも残れず、期待を大きく裏切る準々決勝敗退で終わりました。優勝すれば、大陸王者が集うコンフェデレーション杯に出られる出場権を得られたのですが、これもファンにとって儚い夢に終わりました。
新生日本代表は前任ザッケローニ監督からアギーレ監督に引き継がれ、期待を新たにして2015年を迎えたのですが、新監督のスペインでの八百長疑惑などの問題を抱えたままの船出で、アジア杯を前にして、ファンの気持ちの中にも何か暗雲が立ち込めたものがあったと思います。
このアジア杯大会に選抜された日本代表選手は、幸か不幸かお馴染の顔触れが多く、代表23名の平均年齢は26.7歳と出場国中最高で、皮相的にはベテランを揃えたというところでした。私の拙いサッカー観ですが、この時「協会は”足”より”技”を採ったな」と思いましたよ。
私の心配していたことが実戦面でも出現しました。大会中の4試合とも先発メンバーの顔触れは同じで、それも11人中10人がW杯ブラジル大会メンバーが占めていました。何か「昔の名前で出ています」を地で行くよう采配で、正直がっかりしました。
私が特に強調したいのは、準々決勝の4戦目UAE戦ですが、この試合は相手のUAEは前試合との間隔は中3日、日本は中2日で体力消耗面の有利不利は明らかでした。それを承知でその前試合のメンバーをそのまま使うというセンスは理解に苦しみます。ベンチには体力を持て余してウズウズしている若手が多数控えているというのにです。案の定初めから日本は走り負けていました。
これは個人・自作のサッカー名言?ですが「走れないベテランは走れる新人に劣る」と私は思っていまして、サッカーの美しさはベテランの技の味に尽きますが、強さは脚力だと思うようになりました。
途中交代から同点打を決めた柴崎
日本の選手はこの大会でも、後半途中から出場した若手が活躍しています。予選リーグでの武藤のアシストや、UAE戦での柴崎の貴重なゴールは、脚力を伴った勢いが得点をもたらしたものです。
私はここにきて、準決勝に臨めなかったのはベテランのせいだなんてことは言っておりません。ベテランのお蔭でここまで勝ち進んだのです。もう少し若手の生きのいい選手を早めに起用してくれれば、結果はもっと良かったのではないかと考えてしまうのです。このチームはベテランと若手の混成部隊ですから、あとは選手起用の問題だけです。
次のW杯ロシア大会の予選は6月から始まります。他国が若手を育成し世代交代は進んでいるように見えます。わが日本サッカーも世界に伍して戦うには、この辺で世代交代を図って、力とスピードの要素を加えるべきではないでしょうか。
